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脱走劇

自分の気持ちなんて本当の意味ではだあれもわかってくれやしない。

けれどごくたまに、気持ちを”汲んで”くれるひとがいる。だから期待してしまう、そんなやさしい人が目の前に現れることを。

 

祖父が亡くなった。と書くのは二回目だ。ものすごい衝撃を伴った出来事だった。詳しくは書かないがふつうの死に方ではなかったし、そうでなくたってお葬式などを含めた色々はとても人を疲れさせるものだし、加えてつぎつぎと新しい問題がでてきたりしてあれやこれやでドンチャカせざるを得なかったためにふつうに疲れた。お疲れ、わたし。

祖父の気配を感じるのはさみしかった。どこかからひょっこり顔を出してきて「いや〜〜危なかった」等と言いながらにこにこしている祖父を想像するのは簡単だった。けれども祖父はたしかにいなくなったのだ。はじめて祖父の顔をさわったけれどそれはひどく冷たい蝋人形のようで、人というよりはただの抜け殻と呼ぶのがふさわしいと思えた。気丈に振る舞う祖母は、しかし明らかに一回りも二周りも小さくなっており、見ていていたたまれなかった。何かにつけて祖父の思い出話ばかりしているのもかなしかった。

仙台に移動したあとはアパートにひたすら引きこもって押し寄せる孤独感と戦っていた。「すべては気の持ちようなのだから”がんばろう”と思えばがんばれる、甘えるな」という人は松岡修造を目指せばよいと思う。彼の言っていることは正しい。だが問題なのはいかにして”がんばろう”と思うか、というよりどうやって”がんばろう”と思えるような精神状態にもっていくか、その過程、だと思う。コンディションを整えなければわたしはがんばろうだなんて思えない。

つらいときはつらいものと向き合うより、他のことで頭をいっぱいにしてしまいその間自分の記憶を冷却するのがよいのかもしれない。さいわい人間の頭には忘却機能が備わっているので、気持ちに蓋をしたとしても時間の経過とともに記憶が多少薄れていき思い出したときのダメージは小さくなる、と思う。

私は1週間以上も仙台にいるべきではなかったんだろう。1人になりたい一心で故郷から逃げてきたけれど、来る前よりも元気がなくなってしまったかんじがする。そしてそんな状態でまたアメリカに戻らなければならない。

最近一緒に暮らしているお姉ちゃんがすごくイライラしていて冷たい。わたしの態度も問題なんだろうけど、やっとこさ快適一人暮らしライフを満喫できるかと思ったら私が舞い戻ってきたのも問題なんだろう。でもそういうのも、もうすぐ終わりだ。