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さくらいみかげのセンチメンタルジャーニー

なにが悲しいのでもなく、私はいろんなことにただ涙したかった気がした。

ーーーよしもとばなな『キッチン 』 

 

父と母が家にきて、4時間くらいいて、帰っていった。

父は還暦を超え、会うたびに老いてゆくのが目に見えてわかるような年齢になった。いや、たぶん人は毎日それなりに老いていくから、今までは一緒にいすぎて気づかなかっただけで、今はたまに会うことしかしないから、会うたびによりくっきりと”老い”が感じられるというだけのことなのかもしれない。

とにかく。父は老いているし、これからも老いてゆく。

そしてその丸い背中を見るたび、なんだかどうしても切なくなってしまうのだ。

父は私と姉のことが目に入れても痛くないくらいかわいいらしく、本当なら毎日でも電話したいらしい。最近は気を引くようなメールを寄越して、こちらから電話させるような高度な技まで身につけている。電話をするとすごく嬉しそうな感じで出る。だから本当はもしかしたら、毎日こちらから連絡をすればいいのかもしれないのだけれど、抵抗があってそれはしない。気恥ずかしいし、あまり連絡すると逆に心配をかけるような気もする。ほら、「便りのないのは良い便り」とよく言うではないですか。

それに、私が父にあまり連絡をしない本当の理由はもっと別のところにあるような気もする。

手前味噌だが、優しいし思慮深い父だと思う。けれど良好な、健全な親子関係を築けたかというと、今ひとつなにか足りないような気もする。

そしてそれは多分、親とのコミュニケーションが一番必要な時期に面と向かって話をしなかったからではないだろうか、と思う。

会話がなかったわけではないのだ。でも、深い話をしていたわけでもなかった。そりゃあ娘と父親だから、思春期とかにそんな深い話をできること自体レアケースなのかもしれないけれど、なんとなく私は父と真剣に話をしたかったように思う。けれど当時、家族全体にあまり余裕がなかった。母は不在の時間が長かったし、父も仕事が忙しく、私も私で部活やら勉強やらに一生懸命だった。だから誰が悪いとかいうことじゃなく、ただタイミングが合わなかっただけなのだと思うのだけれど……それにしても、ちゃんと話ができなかったのは残念だったような気がする。

正直に言えば、両親のことをちょっと恨んでいる部分もある。母が忙しすぎて、そして大変すぎたせいで、家族の話題は往々にして母のことが中心になっていたからだ。そしてそのことで私が寂しくなっていることに気づいた人間はいなかった。自分から「寂しい」と言えばよかったのだろうが、それはわがままのようで気が引けて、私は何も言わなかった。ただでさえ忙しい両親の手をそれ以上煩わせたくなかったし、何よりその時期母が忙しかったのは自分のせいだと思っていたし、自分がいなければもっと母は幸せだったろうと思っていたから、何も迷惑をかけたくなかった。心配をさせたくなかった。だからなるべくいい子を演じていた。今でも覚えている。本当はすごく寂しかったこと。かまってほしかったこと。姉は平気だったらしいけれど、私はそのへんが耐えられなくて、少々歪んで育ってしまった。

優しいし思慮深い、けれど鈍感で気遣いのできない父。ギャンブルもしなければ酒も飲まず、趣味はスーパーでおせんべいや飴やチョコを買って食べること。短気で怒りっぽいときもあるけれど、歳をとるごとにだんだん柔らかくなってきて、にこにこしている時が多くなったように思う。

そしてそれは、老い先が短いということの証拠なのだ。

もうあまり、一緒にはいられないのだ。

私も寂しいけれど、なにより娘たちのことが大好きな父の寂しさを思うと胸が痛む。私や姉が結婚をしたり、歳を重ねていく様をもうあまり長くは見られないのだから。遅い結婚だったのだから仕方ない。それは父の自己責任だ。それに私は父を恨んでいる部分もある。…とは思うのだけど、それでもやっぱりかわいそうだと思ってしまう。

だから一緒にいられる時はできるだけ長く一緒にいたいし、色んなことを一緒にしておきたいと思う。時には多少無理をしてでも。

でも今日に限っては、私の精神的な余裕があまりになさすぎて「一緒にご飯を食べる」というイベントを断ってしまった。本当であれば私のいきつけの、大好きな定食屋さんで大好きなニラレバ定食を食べるということを父は楽しみにしていたようなのだが、あまりにも私が追い込まれており、一旦はいいよと言ったもののうだうだ悩んだ挙句「今日は無理…」と言ってしまったのだった。

そしてそのとき、「みかげさんは無理をしてでも一緒に食べようと思ってくれたんだよねえ。優しい子なんだよねえ」と父が言い、大きな温かい手で私の頭を撫ぜた。

瞬間、胸が詰まって泣きたい気持ちになった。

私は。

私は本当に、優しい子なんだろうか。

定食屋、きっと本当はすごく楽しみにしていたのだろう。食べログに乗っている写真を見て涎を垂らしていたのを確かに私は見た。

でも、日々の自分の管理さえまともにできなくて、こういう大事な時に時間を作れない私。結局は自分のことを優先させてしまう私。父の願いを叶えてあげられない私。

私は本当はわがままで、いつも憂鬱で、迷惑をかけてばかりで、本当だったら、本当だったら生まれてこなかったほうがきっとみんな幸せで・・・。

……というのは私の勝手な妄想であり、ぞっとするほど気持ち悪い自己憐憫なんですけど。

 

おじいちゃんが亡くなってから、こういうことをよく考えるようになったなあと思う。すごく切ない気持ちになる。そしてたまに1人で泣いてしまう。

 

rerumrum.hatenadiary.com

 

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4月から東京で働くことになったから、これからはますます会えなくなる。だから今のうち、沢山会えるうちに沢山思い出を作っておいて、父がいよいよ死ぬというときになったら、一番記憶に新しい最近の”楽しかった思い出”に囲まれて、きらきら幸せな気持ちに包まれて向こうへいけるようにしてあげたい。果たしてそんなこと、できるかどうかもわからないけれど。

孝行者になりたいな、と思うセンチメンタルな日々。

 

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